この旅は、グラスミアの町にあるアーラン・バンク(Allan Bank)近くから始まります。そこは、かつて詩人ウィリアム・ワーズワースの住処の1つでした。そこから、曲がりくねり続くランクリッグ・ウッズ(Lancrigg Woods)のそばの道を進み、ハードウィックシープ(Herdwick sheep) がいる牧場を通り抜け、峡谷にそってピクニックに最適なイーズデール・ターン湖(Easedale Tarn)まで進みます。 太陽が真上にのぼるちょうどよい時間に到着すると、湖の向こうの丘を見ながらランチを楽しむことができます。 風のない日の静かな湖の鏡のような水面に映る山々は、チョウやヘビ、水の中の予言者の顔を思い浮かばせます。太陽の光ときれいな山の空気を吸いながら、このヨガスポットでもある場所で思うがまま過ごすと、宇宙とつながる経験ができるかもしれません。
2月としては記録的な暑さの日、信じられないような16度という気温のときにわたしはここを訪れました。斜面を登り湿った岩の上を歩きながら、重ね着していた服を一枚ずつ脱いで進み、ベルズ・ノット(Belle’s Knot)を過ぎ、サージャント・マン山(Sergeant Man)(736m)を越え、山頂からハリソン・スティックル(Harrison Stickle)(736m)が顔を出すことを心待ちにしていました。いつも遠くに見えるラングデール・パイクス(Langdale Pikes)に慣れているケンダルの地元民として、なんだかいたずらをしたい気分になって、スティックルにそっと後ろから気がつかれないように近づいてみたかったのです。この高い場所から、遠くではなくすぐ近くにスティックルは見えて、新緑色の苔と黄色い草の間を曲がりくねりながら通り抜ける岩の多い地形にある小道、トゥナカル・ノット(Thunacar Knott)のがれ場と湿地帯に囲まれていました。
ハリソンス・ティックルと、地元ではラングデール・パイクスとして知られている低いけれどもエレガントなパイク・オブ・スティックル(Pike of Stickle)は、かつてグレート・ラングデールのオノづくりの中心地でした。イギリスの新石器時代(紀元前4000年頃)の石器製造の中心地で、研磨された石の斧を作るために適した石がラングデール渓谷の丘の斜面から切りだされた、あるいは単に拾い集められていたりしたようです。この地の石斧は、イングランド、スコットランド、ウェールズに流通していることがわかっています。
頂上からは、グレート・ラングデール渓谷の底にあるパブを望む息をのむほどの美しい眺め、左にはスティックル・ターン湖(Stickle Tarn)、遠くにブリー・ターン(Blea Tarn)、ウィンダミア(Windermere)、エルター・ウォーター(Elterwater)が臨めます。ここでは、景色を見るよりも足元に気を付けたほうがいいでしょう。ダンジョン・ギル(Dungeon Ghyll)(監獄の峡谷)とも呼ばれる一見して切り立った尾根には、足の確かな羊たちが危なげなく動いていますが、あなたは決して追いかけたくはないでしょう。2月の太陽が沈み始める頃、ラングデール渓谷を1マイル以上も下るころには、わたしの膝が笑いはじめるのを感じました。
私は、この旅のために、スティックルバーン(Sticklebarn)というすばらしいパブを選びました。あのナショナル・トラストが経営するパブです。 スティックルバーンは、美しい土地を耕し形作ってきた何世代もの人々に愛されてきたパブとして、サスティナブルな経営を誇りにしています。 水は山から調達し、土地の木材燃料を使い、急流が渓谷を下るところで発電しています。地元のエール5種が楽しめ、ビールがおいしいのはもちろんのこと、心のこもったおもてなしで長い一日の疲れを癒してくれます。寒い日の暖かい暖炉、びしょ濡れの犬を乾かすタオル、旅人の濡れた上着を乾くまで干すことができる暖炉の上で衣類を乾かすこともできます。
なによりもスティックルバーンは、そこで訪れた人たちが支払うすべてのお金を、故郷の壮大な景観のために使い還元しています。 この旅の終わりに地元のエールを一杯飲むと、聖人のようにも、気取り屋のような気分にも簡単になることができるでしょう。パブのすぐ外にはバスが来ているので、ビールを飲みたい人は安心して楽しむことができます。 スティックルバーンを去るのは寂しいですが、美しいラングデール渓谷を通りエルター・ウォーターを過ぎ、アンブルサイド(Ambleside)の町へ下り、ウィンダミアに戻るバスは、朝ウィンダミアからグラスミアへ向かったバスと同じくらい素晴らしいです。 その景色をただただ感心して眺める以上のことを旅人たちに求めないのです。その景色。景色に見とれること、旅ではそれ以上に素晴らしいことはないでしょう。